著者:ITTI
更新日:2025-09-10
読了目安:6分
この記事の内容
『どっちが悪いの?』と聞いてしまう親心
兄弟げんか、毎日のように起こりますよね。
「おやつの数が1個少ない!」
「アイスの棒が短い!」
「赤いクレヨンを先に使ったのは私!」
——正直、親からすると「そんなことで!?」という内容。
でも子どもにとっては大事件。つい私も「で、どっちが悪いの?」と聞いてしまったことが何度もあります。
けれど、それを言った途端……さらにヒートアップ。泣き声は大きくなるし、こちらのイライラも倍増。
あとから気づきました。これは火に油を注いでいたんだと。
なぜ「どっちが悪いの?」は逆効果?
兄弟げんかの本当の原因って、「どっちが悪いか」よりも「自分の気持ちをわかってほしい」なんです。
長男:「取られた気がした!」
次男:「僕の番だったのに!」
そこへ「どっちが悪いの?」と聞くと、子どもはこう感じます。
- 「どうせ僕が悪いにされるんだ」
- 「また“お兄ちゃんだから我慢しろ”って言われるんでしょ」
結果、意地を張り合い、ケンカが長引くんです。
親ができるのは“裁判官”じゃなく“通訳”
親は「正しい・間違い」を決める裁判官ではなく、子どもの気持ちを翻訳する“通訳”になってみるとラクになります。
「○○は、自分の番を楽しみにしてたんだね」
「□□は、急に取られた気がしてイヤだったんだね」
ただ気持ちを言葉にしてあげるだけで、子どもの表情がふっと緩むことがあります。
不思議ですが、それだけで「もういいや」となってケンカが終わることも。
環境づくりでケンカを減らす工夫
とはいえ、毎日ケンカばかりでは親も疲れてしまいますよね。
少しラクになる工夫もあります。
- おもちゃは1人1つずつ用意(難しければ「交代ルール」をあらかじめ決めておく)
- ケンカが起きやすい時間帯(夕方や眠いとき)は、先に声をかけておく
- どうしても手が離せないときは「ママは料理中だから、タイマーが鳴るまで待ってね」と区切りを作る
全部を完璧にやるのは無理。できる範囲で工夫すれば十分です。
まとめ|兄弟げんかは成長の一部
「またケンカ!?」「うるさすぎる!」と親はヘトヘト。
でも実は、兄弟げんかって子どもにとって大事な練習なんです。
- 感情を出す
- 言い方で伝わり方が変わる
- 相手の気持ちを知る
これは大人になっても必要なこと。子どもはケンカを通して少しずつ学んでいます。
次にケンカが始まったら、深呼吸して「どうしたの?」と聞いてみてください。
それだけで空気が少し変わるかもしれません。
さいごに
親だって人間です。毎回冷静になんて無理。
ときには「もう好きにして!」と席を外してしまっても大丈夫。
兄弟げんかは「悪いこと」じゃなく、子どもが社会性を学ぶ大切な時間。
私たち親も一緒に、ゆっくり成長していけばいいんだと思います。
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。







