子どもが描いた真っ黒な絵を見て、ざわつく心。
その「ざわつき」の正体は、子どもへの心配以上に、 「自分は、この子の闇を丸ごと受け止められる親だろうか」という、自分への問いかけなのかもしれません。
この記事の内容
真っ赤な顔、鋭い牙。画用紙の中の「異変」に戸惑う夜
画用紙いっぱいに描かれた、真っ黒なぐるぐる。 血のように滴る赤い色。 あるいは、目がいくつもあったり、鋭い牙が生えていたりする不気味な生き物。

それを見た瞬間、パパやママの頭の中には、どこかで聞いた「深層心理」や「心の闇」なんて言葉がぐるぐると駆け巡ります。
「園で何かあったのかな?」
「ストレスが溜まっているの?」
「もしかして、情緒不安定……?」
不安に突き動かされて、スマホで「子ども こわい絵 心理」と検索してしまう。
そのお気持ち、本当によくわかります。お子さんのことを大切に想っているからこそ、その小さな「異変」を見逃したくないんですよね。
でも、最初にお伝えさせてください。 お子さんが「こわい絵」を描いたからといって、すぐに「心のSOSだ!」とパニックになる必要はありません。
実はこれ、子どもの成長過程では「よくあること」であり、むしろ心の発達が順調な証拠であるケースがとても多いんです。
今日は、その「こわい絵」の裏側に隠された、子どもたちの意外な本音と、親御さんが肩の力を抜いて見守るためのポイントを、元教諭の視点からやさしく紐解いていきます。
子どもが「こわい絵」を描くのは、よくあること
結論から言うと、子どもが怖い絵を描くのは、珍しいことでも異常なことでもありません。

実は“発達あるある”です
特に2歳から6歳ごろは、想像力とイメージの爆発期。 昨日までは「丸」を描くだけで精一杯だった子が、急に「何か特定の恐ろしいもの」を描き始めることがあります。
この時期の子どもにとって、世界は不思議と驚きに満ちています。 「かわいいもの」はもちろん好きですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、「強いもの」「怖いもの」「得体の知れないもの」に対する好奇心が旺盛なのです。
怖さ=不安とは限らない
大人は「怖い絵=ネガティブな感情」と結びつけがちですが、子どもにとってはもっとシンプルです。
- 強さへの憧れ: ゾンビや怪獣は、彼らにとって「無敵」の象徴。
- 影響を受けただけ: 読んだ絵本、見たゲーム、流行っているYouTube。
- 実験: 「こんなに怖く描けた! すごい!」という達成感。
本人に聞いてみると、「これ? ゾンビ! 世界で一番強いんだよ。かっこいいでしょ!」なんて、キラキラした目で返ってくることも多いんですよ。
▶ 黒い絵を描く子どもの心理と安心できる接し方【詳しく読む】
親が一番不安になる瞬間と、その正体
なぜ、私たちは子どもの絵を見てこんなに不安になってしまうのでしょうか。
検索してしまう親の本音
「問題行動の予兆?」
「過去のトラウマ?」
「誰かに相談すべき?」
ネットの断片的な情報を見ては、「うちの子、当てはまっているかも……」と落ち込む。この不安の根っこにあるのは、「わが子の苦しみに気づいてあげられないかもしれない」という、あなたの深い愛情です。
不安の正体は、絵そのものではなく……
なぜ、私たちは子どもの絵を見てこんなに不安になってしまうのでしょうか。
それは、絵が「怖い」からではありません。 その奥にある、「わが子の内面がわからない」という、ひりつくようなもどかしさが不安の正体です。
「周りの子はあんなに明るい絵を描いているのに」 「私の育て方が、この子の心を暗くさせてしまったの?」
そんな風に自分を責めてしまうのは、あなたがそれだけお子さんを注意深く見ている、誰よりも優しい親である証拠です。
でも、少しだけ視点を変えてみませんか。 「わからない」ことは、決して悪いことではないのです。
「分析官」から「ただの隣人」へ
私たちはつい、子どもを「救ってあげなきゃ」「理解してあげなきゃ」と力が入ってしまいます。 でも、真っ黒な絵を描いているとき、子どもは「分析」されたいわけではありません。
むしろ、「お、今日は一段と黒いねぇ」と面白がってくれる、その適当さ。 「怖い絵だね」と評価せず、「なんだかパワーがあるね」と、その熱量をまるごと認めてくれる、その「余白」。
親が「わかってあげなきゃ」という執着を手放したとき、不思議と子どもは、その出口のなかった感情をスッと手放せたりするものです。
知識やテクニックで解決する前に。 まずは、あなた自身の心を「カラカラ」な状態から、少しだけ潤してあげてください。
「わかってあげたい」を、一度手放す。
真っ黒な絵を「理解」しようと必死になると、私たちはつい分析官になってしまいます。
でも、子どもが本当に求めているのは、正しい分析ではありません。その黒い画用紙の横で「へぇ、真っ黒だね」と一緒に座ってくれる、静かな親の背中。ただそれだけで、救われる心があります。
要注意?それとも成長過程?見極めポイント
「大丈夫ですよ」と言われても、やっぱり心配……。そんなパパ・ママのために、元教諭として私が大切にしていた「見極めの視点」をお渡しします。

心配しすぎなくていいサイン
- 描いたあとケロッとしている: 「描いてスッキリ!」と、すぐ次の遊びに移っている。
- 話すと楽しそう: 絵の設定(「これは毒の沼なんだよ!」など)をイキイキと解説してくれる。
- 内容がコロコロ変わる: 昨日はお化け、今日は新幹線、明日はお花。特定のテーマに固執していない。
- 普段の生活が変わりない: ご飯を食べ、眠り、友達や家族と笑い合っている。
これらが当てはまるなら、その絵は単なる「エンターテインメント」です。
少し立ち止まって見たいサイン
- 同じ怖いテーマが、数週間〜数ヶ月描き続けられる。
- 描いたあと、本人がぐったりしていたり、元気がなかったりする。
- 日常生活の変化: 夜泣きが増えた、食欲がない、急に無口になった。
この場合は、絵そのものより「最近、何か環境の変化(進級、下の子の誕生、園でのトラブルなど)があったかな?」と、生活全体を振り返るきっかけにしてみてください。
絶対にやってほしくない親のNG反応(でも、やりがち)
不安になると、ついいつもは言わないような言葉が出てしまうことがありますよね。

つい言ってしまう言葉
- 「なんでこんな気味の悪い絵を描くの?」
- 「怖いからもうやめなさい。お化けさんはおしまい!」
- 「もっと、お花とかかわいいのを描いたらいいのに」
なぜNGなのか
子どもにとって、絵は「自分自身の一部」です。 せっかく「見て! 描けたよ!」と持ってきた絵を否定されると、子どもは「絵を否定された」のではなく「僕(私)の存在そのものを否定された」と感じてしまいます。
表現の出口をふさがれてしまうと、子どもは「ママたちが喜ぶ絵」しか描かなくなり、本当の気持ちを隠すようになってしまいます。それはちょっと、寂しいですよね。
元教諭の視点:おすすめの声かけ3選
では、どんな風に接すればいいのでしょうか? 魔法の言葉は「聞く」ことです。

① 評価しない・決めつけない
「怖い絵だね」と言う代わりに、「力強く描けたね」「今日はこの色をたくさん使ったんだね」と、事実だけを伝えます。 まずは、そこにある表現を丸ごと「そうなんだ」と受け止めるだけで、子どもは安心します。
② 物語として聞く
「これ、どういう絵なの? 誰がいるの?」と、インタビューするように聞いてみてください。 「この怪獣は、本当は寂しいんだよ」なんていう、意外な物語が飛び出すかもしれません。子どもは自分の空想を共有できることが、何より嬉しいのです。
③ 絵より“今の様子”を見る
絵の「できあがり」を分析するより、「描いている時の表情」を見てください。 真剣な顔、楽しそうな顔、没頭している姿。そのプロセスそのものを肯定してあげましょう。
「こわい絵」は、実はこんな力を育てている
「こわい絵」は、実はネガティブなものではなく、お子さんの成長を助ける素晴らしい道具でもあります。

- 感情を外に出す力: 言葉にできないモヤモヤやイライラを、絵にぶつけて発散する(カタルシス効果)。
- 想像力・構成力: 「怖い世界」を作るためには、設定やストーリーを考える高度な知能が必要です。
- 自己肯定感の土台: 「どんな絵を描いても、ママたちは驚かずに受け止めてくれる」という安心感が、自分の感覚を信じる力に繋がります。
それでも心配なとき、親ができること
どうしても不安が消えない時は、一人で抱え込まないでください。
- 絵だけで判断しない: 絵はあくまできっかけ。生活全体を眺めてください。
- 園や学校の先生に聞く: 「家でこんな絵を描くのですが、園ではどうですか?」と、さらっと聞いてみる。
- 専門家に相談する: 市町村の子育て相談や心理士さんへの相談は、決して「大ごと」ではありません。「私の不安を聞いてほしい」という理由で利用していいんです。
あなたが一人で抱え込むことが、お子さんにとっても一番のストレスになります。周りをどんどん頼ってくださいね。
子どもの絵を見て、
「どう関わればいいのか分からなくなる」
そんな瞬間はありませんか。
この本が教えてくれるのは、
正しい言葉や、正解の対応ではありません。
「相手の感情に、どう居合わせるか」
その在り方です。
※「すぐに変わりたい人」より、
ゆっくりでも、深く向き合いたい人に向いています。
チェックリスト|安心?注意?見極めポイント
□ 描いている本人は楽しそう
□ 絵にストーリーや名前がある
□ 怖いけれどユーモアもある
□ 日常生活は元気に過ごしている
□ 話しかけると説明してくれる
→ 多く当てはまれば成長過程の表現の可能性が高いです。
Q&A
Q. 怖い絵ばかり描くのは異常ですか?
A. 多くの場合は異常ではありません。感情の整理や一時的なブームのことがほとんどです。
Q. 黒や赤ばかり使うのは心配?
A. 感情表現の一つです。期間が長く、生活面にも変化がある場合だけ注意しましょう。
Q. 何か聞いた方がいい?
A. 問い詰めず、「教えてくれたらうれしいな」くらいの距離感がおすすめです。
👉 子どもの暴力的な絵が気になる方は「子どもが暴力的な絵を描くときの心理と対処法」も参考になります。
真っ黒な絵は、あなたへの「信頼のラブレター」かもしれない
少しだけ、私の個人的な考えをお話しさせてください。
お絵描きの本を開けば、「明るい色は元気な証拠」「暗い色は不安のサイン」なんて書かれていることもあります。でも、現場でたくさんの子どもたちと、そして自分自身の育児と向き合ってきて、気づいたことがあります。
いつも明るい、親が喜ぶような「お花」や「虹」ばかり描いている子が、実は一番、自分の心をぎゅっと抑え込んでいることもある。
逆に、画用紙を塗りつぶすほどの真っ黒な色や、目を背けたくなるような怖い絵を描ける子は、心の底でこう確信しているんです。
「この家なら、このパパやママなら、僕のドロドロした部分を見せても、嫌いになったりしない」
その「黒」は、あなたを困らせるための色ではなく、あなたを心から信頼しているからこそ吐き出せた、ありのままの心の欠片。
そう思うと、その怖くて真っ暗な絵が、なんだか愛おしい「ラブレター」のように見えてきませんか。
専門家の言葉より、目の前の子の「熱量」を
ここまでいろいろと「見極めポイント」をお伝えしてきましたが、正直に言えば、心理学の教科書に載っているような正解なんて、目の前で一生懸命に筆を動かしているお子さんの「熱量」の前では、かすんでしまうものです。
「この色は不安の表れかも」という分析で頭をいっぱいにするよりも、「うわ、すごい迫力だね!」と、その子が今放っているエネルギーに圧倒されてみる。
正解を求めて立ち止まるより、ただその熱量に一緒に居合わせる。
それが、言葉にならないサインを送っているお子さんにとって、一番の「安心」になるはずです。
まとめ:絵は心の答えではなく、今この瞬間の「実況中継」
いかがでしたか? お子さんが描く「こわい絵」は、決してあなたを脅かすメッセージではありません。
それは、「今、僕の(私の)中にはこんなにパワフルな世界が広がっているんだよ!」という、ダイナミックな自己表現のひとつ。
親ができるのは、その絵を正しく「読む」ことではなく、「何を描いても、そのままのあなたを愛しているよ」という空気でそばにいることです。
「これ、怖いね〜! かっこいい怪獣だね!」 そう笑いながら、今日も描いてくれたその一枚を、ぎゅっと抱きしめてあげてください。それだけで、お子さんの心はいつだって、カラフルで健やかに育っていきますよ。
【あわせて読みたい関連記事】
いかがでしたか? 「うちの子も、最近ゾンビばっかり描いてます!」というエピソードがあれば、ぜひコメントで教えてくださいね。焦らず、面白がりながら、わが子の個性を一緒に応援していきましょう!
👉 関連記事:「子どもの絵に出る“心のSOS”を見逃さないポイント」
📘 あわせて読みたい
子どもの絵にあらわれる感情サイン総まとめ
不安・怒り・安心など、絵に出る気持ちを一覧で確認できます。
子どもが気持ちをうまく言葉にできないときに読んでほしい記事
→ 【タイプ別】子どもの表現力を育てる教材5選
関連記事:
– 危ない絵の心理 – 病んだ絵の心理 – サイコパス 絵 – 残酷な絵 – ホラー絵 ホーム » 子どもがこわい絵を描くのは大丈夫?|不安になる理由と見守り方を元教諭が解説
このブログでは、子育て中のちょっとした悩みや工夫、
子どもの行動の心理をわかりやすく紹介しています。
ときには心理診断コンテンツで気分転換も♪
育児を「ちょっと気ラクに、ちょっと楽しく」感じられるような記事を発信中です😊
この記事が「いいな」と思ったら、noteのフォローやYouTubeのチェックもお願いします!がぜんやる気になります!
正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
このブログはPRを含みます
いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。


