「うまく描けないから、もうやめる」
「ちがう、こんなんじゃない!」
画用紙を前に、涙がぽろぽろ。
それは“やる気がない”のではなく、理想が高すぎて動けなくなっている状態かもしれません。
特に、まじめで観察力があり、周りの評価をよく感じ取る子ほど起こりやすい反応です。
今日は、そんな“描けない”の裏側にある心と、親ができる関わりを整理します。

この記事の内容
1. 「描けない」は、本当は“描きたい”の裏返し
完璧主義の子は、
- 頭の中に理想の完成図がある
- 比較対象(友達・過去の自分)が明確
- 「うまく描く=価値がある」と思っている
だからこそ、
最初の一筆が怖い。

失敗=否定、と結びつきやすいのです。
泣いているときは、
「やりたくない」のではなく
「うまくやりたいのに、できない」の葛藤。
まずはそこを見誤らないことが第一歩です。
2. 逆効果になりやすい声かけ
つい言ってしまいがちな言葉:
- 「気にしすぎだよ」
- 「下手でもいいじゃん」
- 「ほら、〇〇ちゃんは描いてるよ」
これらは、
“理想を持つ気持ち”を否定されたように感じることがあります。
完璧主義の子は、
すでに自分に厳しい。
そこへさらに「まあいいじゃん」とかぶせると、
孤立感が強くなります。
3. ほぐすための3つの処方箋
① 「難しいよね」と難易度を共有する
「思った通りに描くのって、むずかしいよね」
まずは感情ではなく、“難しさ”に共感。
これだけで、子どもの肩は少し下がります。
② 完成ではなく“途中”に価値を置く
「この線、すごく考えて描いたね」
「色、迷ってる時間も大事だね」
結果ではなくプロセスに光を当てる。
評価軸を
“うまさ” → “探っている姿”
にずらすのがポイントです。
③ わざと親が失敗する
横に小さな紙を置いて、
「ママ、変な犬描いちゃった!」
と、ちょっと笑える失敗を見せる。

大人が“崩れる”姿を見ると、
子どもは挑戦しやすくなります。
4. 紙を変えるだけで変わることもある
小さな白い紙は、
完璧主義の子には“テスト用紙”のように感じることがあります。
- 大きな模造紙
- ガラスやホワイトボード
- 地面にチョーク
描く場所が変わると、
“作品”ではなく“遊び”になります。
環境が、緊張をほどくこともあるのです。👉画材と環境を変えてみたらどうなる?

5. 完璧主義は「強み」でもある
細部まで見られる
妥協しない
イメージが豊か
それは将来、必ず武器になります。
たとえば──
・人が気づかない違和感に気づける
・「もっとよくしたい」と工夫を重ねられる
・頭の中に完成図を描いてから動ける
・納得するまで考え抜ける
・作品や仕事のクオリティを底上げできる
完璧主義の子は、
“雑にできない”のではなく、
“高い基準を持っている”だけ。
今はただ、
“理想と現実の差”に苦しんでいるだけ。
焦って直す必要はありません。
そのこだわりは、
やがて自分を支える大きな力になります。
まとめ
「描けない!」は
心が止まっているサイン。
直すよりも、
ほどく。
正解を渡すよりも、
一緒に迷う。
完璧を目指す心は消さなくていい。
少しだけ、呼吸できる隙間をつくってあげればいいのです。
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3〜4歳|想像と現実が混ざる時期
子どもの絵は心ののぞき窓?謎の構図・色の意味
3~4歳の絵が意味不明なとき
5歳児の絵はここまで進化する|創造力を引き出す -
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思春期|描かない・極端になる時期
思春期の子どもの絵にあらわれる心理
📚 子どもの自信と安心をそっと育てるガイド
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※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
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ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。







