子どもが縁石を渡ったり、塀の上を歩いたり…
「なぜそんな危ない場所を好むの?」
親としてヒヤッとする瞬間は誰しも経験済みではないのではないでしょうか。

「そっちは危ないよ!」「こっちの広い道を歩こう?」
そう声をかけても、なぜか子どもは細い縁石の上や、ガタガタした塀の際を歩きたがりますよね。
親としては「もし落ちて怪我をしたら……」とヒヤヒヤして、ついつい「ダメ!」と手を引っ張ってしまうこともあるはず。私も教員時代、校庭の隅っこにあるちょっとした段差に吸い寄せられる子どもたちを何度も見てきました(笑)。
実は、子どもがこうした「危ない道」を選ぶのには、ただのいたずらではない「成長のサイン」が隠されているんです。
今日は、そんな子どものヒヤッとする行動の裏側にある「心の動き」を紐解いてみましょう。これを読むと、明日からのお散歩が「ハラハラする時間」から「わが子の成長を感じる時間」に変わるかもしれません。
この記事の内容
なぜわざわざそこを歩くの?「危ない道」に惹かれる3つの心理
親から見れば「もっと楽な道があるのに」と思うような場所。でも、子どもたちにはそこがキラキラした「宝島」のように見えているんです。
① 「自分でできた!」を積み上げたい挑戦心
子どもは本能的に「自分はどこまでできるんだろう?」という好奇心を持っています。 真っ平らな道を歩くのは簡単ですが、縁石のような狭い道は、集中して足を運ばなければなりません。その「ちょっと難しいこと」に挑戦して、最後まで歩ききったときの達成感は、子どもにとって最高の栄養になります。

この「できるかな?やってみよう!」という気持ちは、将来、勉強やスポーツ、人間関係などで「壁にぶつかっても自分で考えて乗り越える力」の土台になります。
② 体のセンサーをフル稼働させている
子どもが段差や塀の上を歩くとき、脳と体はフル回転しています。
- バランス感覚(前庭覚): 体が傾かないように保つ
- 力の加減(固有受容覚): どのくらいの力で踏み込めばいいか測る
- 視覚: 足元と先の距離を測る

これらは「感覚統合」と呼ばれ、運動能力だけでなく、姿勢を保つ力や集中力にも深く関わっています。つまり、お散歩中の縁石渡りは、実は「最高の体幹トレーニング」なんですね。
③ 心を育てる「スリル」のスパイス
「ちょっと怖い、でもやりたい!」というドキドキ感。子どもはこの適度なスリルが大好きです。 スリルを乗り越える経験は、情緒を安定させ、自己肯定感を高める効果があると言われています。自分で「ここまでは行ける」「ここは危ない」と判断しながら進むことで、自分をコントロールする力が自然と育っていくのです。

専門用語をちょっと解説:「リスキープレイ」って知っていますか?
最近、教育や保育の世界で注目されている「リスキープレイ(Risky Play)」という言葉があります。
日本語に直訳すると「危険な遊び」ですが、これは決して「放ったらかしにして怪我をさせる」という意味ではありません。「子どもが自分の限界を試すための、適度なリスクを伴う遊び」のことを指します。
リスキープレイが育む「リスク管理能力」
実は、子どもの頃に「ちょっとした危ないこと」を経験していないと、大人になってから本当の危険を察知できなくなるという研究もあります。
- 自分で考える: 「ここ、滑りそうだな」と予測する。
- 工夫する: 「じゃあ、ゆっくり歩こう」と行動を変える。
- 自信を持つ: 「自分なりに気をつけて歩けた!」と自信になる。
このサイクルを繰り返すことで、子どもは「自分を守る力」を身につけていくのです。
ついつい言っちゃう!親がやりがちな「もったいない」対応
わかってはいても、目の前でグラグラされると心臓に悪いですよね。でも、こんな対応をしていませんか?
「危ないからやめなさい!」の呪文
「危ない!」という言葉はとても便利ですが、使いすぎると子どもは「自分は何もできないんだ」「外の世界は怖いところなんだ」と萎縮してしまうことがあります。 また、「なぜ危ないのか」を考える前に行動を止められてしまうので、リスクを自分で判断するチャンスを逃してしまうのです。
先回りの「お助けマン」
転びそうになった瞬間、サッと手を貸して抱き上げてしまう……。親心としては当然ですが、これも少し「もったいない」かもしれません。 「グラッとしたときにどうやって踏ん張るか」という経験も、子どもにとっては大切な学びだからです。
育児がラクになる!「安全な見守り・声かけ」4つのコツ
「ダメ!」と言う代わりに、こんな声かけを試してみませんか?親子の会話がもっと楽しくなりますよ。
1. 思考を促す「質問」の声かけ
「そこ、どうやって歩く予定?」 「もしグラッとしたら、どこを掴む?」
ただ禁止するのではなく、子どもに作戦を立てさせてみてください。「手をついて歩くよ」なんて答えが返ってきたら、それは立派なリスク管理です!
2. 安全な「体の使い方」を提案する
「カニさん歩きでゆっくり行ってみる?」 「危ないと思ったら、おててをついてもいいんだよ」
「やめる」という選択肢以外に、「どうすれば安全に続けられるか」を提案してあげましょう。
3. 次のステップを一緒に考える
「最後まで行けたら、次はどうやって降りる?」
登ることに夢中で、降りることを忘れているのが子どもです(笑)。先に「出口戦略」を考えさせることで、パニックを防げます。
4. 具体的にほめる(フィードバック)
「最後まで集中して歩けたね!」 「自分でしっかり足元を見てたの、かっこよかったよ」
結果だけでなく、「慎重に進んだこと」や「工夫したこと」を認めてあげると、子どもの自信に繋がります。
【元教諭が教える】安全な環境づくりのポイント
見守る側としても、心の余裕が欲しいですよね。環境を整えるだけで、親のストレスは激減します。
- 「転んでもOK」な場所を選ぶ: コンクリートよりは土や芝生。まずは「落ちても大怪我はしないな」と思える場所で挑戦させてあげましょう。
- 「ここまではOK」のラインを共有: 「この青い線のところまではいいよ。でもその先は車が来るからおしまいね」と、事前にルールを決めておくと、子どもも納得しやすいです。
- 年齢に合った遊具や場所: 公園の遊具にある「対象年齢」は、やはり安全の目安になります。発達に合わない無理な挑戦は、大人がしっかりコントロールしてあげてくださいね。
今日から使える「見守り」チェックリスト
今のわが子の行動、見守っても大丈夫かな?と迷ったときは、このリストを思い出してください。
- [ ] 子ども自身に「やりたい!」というキラキラした意欲がある?
- [ ] もし失敗しても、命に関わるような大怪我にはならない場所?
- [ ] 「ダメ!」ではなく「どうやるの?」と声をかけられた?
- [ ] 子どもが自分で「どうしようかな」と考える時間を作ってあげられた?
- [ ] 親の心に、数分間だけ付き合う「余白」がある?
全部チェックがつかなくても大丈夫。「今日は1回だけ見守ってみようかな」くらいのゆるい気持ちで始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1: 本当に危ない時、どう言えばいい?
A1: 命に関わる時は、迷わず短く「ストップ!」と伝えてください。普段から「ダメ」を連発せず、本当に危ない時だけ強い言葉を使うことで、子どもの伝わり方が劇的に変わります。
Q2: 慎重すぎて全く挑戦しない子はどうすれば?
A2: その子のペースを大切にしてあげてください。まずは親が縁石の上を歩いて「おっとっと!楽しいね」と見せるだけで十分。無理にさせず、「やりたい」と思うタイミングを待つのも大切な見守りです。
Q3: 兄弟で真似しちゃう時は?
A3: 「お兄ちゃんは足が長いからできるけど、〇〇ちゃんはまだ足が届かないから、こっちの低いところで練習しようか」と、身体の違いを具体的に説明してあげてください。「あなたにはまだ無理」ではなく「今はこっちがちょうどいい」という伝え方がおすすめです。
まとめ:親の役割は「安全基地」になること
子どもが危ない道を選んで歩くのは、自分の力で世界を広げようとしている証拠。それは、とっても誇らしい成長の姿です。
親の役割は、すべての石ころを道から取り除くことではありません。
「何かあったらお父さん・お母さんが受け止めるから、安心してやってごらん」という「安全基地」でいてあげることです。
ヒヤッとする瞬間も、あとから振り返れば「あんなに一生懸命縁石の上を歩いてたな」と懐かしくなる宝物のような時間。
今日はお子さんの「危ない道」への挑戦に、ちょっとだけニヤリとしながら付き合ってみませんか?
いかがでしたか? 子どもの「危ない!」の裏側にある心の成長が見えると、少しだけ肩の力が抜けますよね。
🔗子どもに「危ないよ~」だけでいい? 本当に伝えたいことって?
ホーム » 「危ない道ばかり選ぶ子」に困ったら。元教諭が教える“見守り方と声かけ”とは?
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。







