〜「自分で捨てるんです」に感じたモヤモヤ〜
先日、あるママとの会話でこんな言葉を聞きました。
「うちの子、絵を描いても“完璧じゃないから捨てていいよ”って、自分で言うんです〜」
「作品がたまらないから助かってますよ」と、少しうれしそうに話すその姿に、
「そうか、そういう子もいるんだな」と思いつつ、
胸の奥に小さなモヤモヤが残りました。
その言葉は、どこか“大人の基準”を先回りしているように聞こえたからです。
そして、“本当に子ども自身の気持ちなんだろうか?”と。
捨てる子、残す子。どっちの気持ちも尊重したい
うちの子は逆で、描いた絵や工作を「全部とっておきたい!」というタイプ。
机の上、棚の中、床の上まで…家のあちこちに作品があふれています(笑)
正直言って、片づけるのはけっこう大変です。
でも、よく見てみるとそれぞれの作品には
「これ、がんばって描いたんだよ」
「この色、きれいで気に入ってるの」
「○○先生にほめられたやつ!」
そんな思いがちゃんと詰まっていて、
まるでその子の“心のかけら”が並んでいるように思えるんです。
もちろん、捨てたがる子もいます。
でもそれが本当に「もう十分やりきった」という満足感からなのか、
それとも「こんなもの、残しておくほどじゃないよね?」と、
どこかで誰かの目線を気にしてそう判断してるのか――
そこは少し、見つめてみたいところだなと思います。

断捨離も、自主性も、大人の都合になっていないか
最近は「子どもに選ばせることが大事」とか
「モノを持ちすぎないシンプルな暮らしを」なんて言葉もよく聞きます。
それ自体が悪いわけではないけれど、
子どもが「なんとなく残したい」と思ったとき、
私たちはちゃんとその気持ちに耳を傾けているでしょうか?
“置き場所がないから”“もう十分でしょ”と、つい大人の事情で決めていないでしょうか。

「理由がないなら、捨てようか」
そんなふうに決めてしまうと、
“気持ちには意味がない”っていうメッセージを無意識に伝えてしまうかもしれません。
絵の上手さじゃなくて、心の動きが大切
子どもが描いた絵や作ったものって、
技術的な完成度だけでは測れないものがあると思うんです。
・描いている間、無心になって集中した時間
・手を動かして、気持ちを外に出して整理するような感覚
・「これ、できた!」っていう小さな達成感
そういう目に見えない「心の動き」がぎゅっと詰まってる。

だから、たとえ大人から見て“雑”に見えても、
その子にとってはちゃんと意味のあるものかもしれません。
さいごに
「捨てる子」もいれば「残したがる子」もいる。
どちらがいい・悪いではなくて、
大切なのはその子が「そうしたい」と思っている気持ちに、
大人がどう寄り添えるかなんじゃないかなと思います。
完璧じゃなくても、楽しかった。
うまく描けなくても、「これ、好き」って思った。
そんな“今の気持ち”がちゃんと尊重される世界であってほしい。
子どもの作品の山を見ながら、そう感じています。
今日夢中になって仕上げた1枚だけでも、“どうだった?”と聞いてみる。
それだけで、作品の意味は少し変わるのかもしれません。
全部を残すのは難しくても、“一時避難させる場所”があると、親の気持ちも少し楽になります。
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ホーム » 子どもが「自分で捨てる」と言うとき|その言葉は本音?それとも評価の影?
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。







