墓じまいは、単なる「お墓の片付け」ではありません。 それは、これまで大切にしてきた供養の形を、次の世代にどう手渡すかを考える行為です。

このページは、
- 親族と話し合う場にそのまま持っていける
- 感情的な対立を避けやすい
- 「で、結局どうすればいいの?」が見える
そんな実用性を目的にまとめています。
この記事の内容
墓じまいを始める前に知っておきたいこと
多くのトラブルは、「墓じまいをする・しない」以前で起こります。 理由はシンプルで、
- お墓に対する思い入れ
- 供養に対する価値観
- お金や管理の現実
これらが、親族それぞれで違うからです。
まず大切なのは、 結論を出すことではなく、現状を共有すること。
親族への伝え方|こじれにくい4つのポイント

① 感情を否定しない
お墓は、多くの人にとって「思い出の場所」です。
「もう必要ない」「古い考え方だ」と切り捨てると、 話し合いはそこで止まってしまいます。
まずは、
大切にしてきたお墓だということは分かっている
この一言を添えるだけで、空気は大きく変わります。
② 問題点を“共有”する形で伝える
おすすめなのは、判断を迫らず、状況を並べる伝え方です。
- 後継者が決まっていない
- 管理費が今後もかかり続ける
- 遠方でお参りが難しくなってきた
「だから墓じまいする」ではなく、 「この先、どうするのがいいか一緒に考えたい」という姿勢を保ちます。
③ 数字は“未来のため”に使う
費用の話は、感情的になりやすい部分です。
- 年間管理費:約1万円前後
- 墓石撤去費用:20万〜50万円
ここで大切なのは、
今払えるかどうか ではなく、 将来、誰がどこまで背負うことになるか
という視点で伝えることです。
④ 代替案を必ず用意する
「墓じまい=供養をやめる」ではありません。
先にその後の供養の形を示すことで、安心感が生まれます。
- 永代供養墓(30万〜50万円)
- 散骨(10万〜30万円)
- 樹木葬(10万〜30万円)
- 手元供養(数千円〜5万円程度)
「撤去する話」ではなく、 「どう供養を続けるかの話」に軸を移すのがポイントです。
そのまま使える伝え方・言い回し例
- 「今すぐ決めたいわけじゃないんだけど、この先どうするか、一度話しておきたくて」
- 「無縁墓になる前に、安心できる形を考えておきたいなと思って」
- 「永代供養や散骨とか、選択肢が増えてるみたい。一緒に調べてみない?」
結論を押し付けない言葉が、話し合いを長く続けるコツです。
墓じまい後の供養方法と費用の目安
よく選ばれている供養方法を、シンプルにまとめます。
- 永代供養墓(約30万〜50万円)
後継者不要。管理の不安がなく、選ばれることが多い方法。 - 散骨(約10万〜30万円)
自然に還す考え方。管理費がかからない。 - 手元供養(数千円〜5万円)
自宅で供養。最近は「骨壺らしくない」デザインも増えています。 - 樹木葬(約10万〜30万円)
自然志向の人に人気。墓石を持たない供養。
墓じまいの基本的な手順
- 親族への相談・同意
- 寺院・霊園へ連絡(閉墓供養:5万〜10万円程度)
- 石材店・業者の見積もり(複数比較)
- 改葬許可証の取得(市区町村)
- 閉墓供養・撤去作業
段取りが見えるだけで、不安はかなり減ります。
トラブルを防ぐために意識したいこと
- 情報はできるだけ全員に共有する
- 費用分担は曖昧にしない
- 寺院・業者とのやり取りは記録に残す
「言った・聞いてない」を防ぐことが、円満への近道です。

まとめ|墓じまいは“整理”ではなく“引き継ぎ”
墓じまいは、
- 先祖をどう扱うか
- 家族の関係をどう守るか
- 次の世代に何を残すか
を同時に考える行為です。
急がなくて大丈夫。 決めきれなくても大丈夫。
話し合いを始めたこと自体が、すでに一歩目です。
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ホーム » 墓じまいを円満に進める方法|親族への伝え方・費用・供養の完全ガイド
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。


