※この体験は、わが家の「防災じゃない顔をした、防災」の一場面です。
この記事の内容
便利なはずのキャンプで、あえて「つきっきり」を選ぶ理由
最近のキャンプギアは本当に優秀です。
スイッチ一つで、あるいは火にかけて放っておくだけで、美味しいご飯が出来上がります。

でも、その「便利さ」と引き換えに、
私たちは、わが子の一番いい表情を見逃しているのかもしれません。
「魔法のかまどごはん」は、驚くほど手がかかる
新聞紙をちぎり、
タイマーを片手に、
1分おきに火をくべる。

スマホを見る暇も、
お酒を飲み始める暇もありません。
15分間、子どもの横顔を見つめたことはありますか
でも、その「つきっきり」の15分間。
わが子の横顔を、じっと見たことはありますか。

揺れる火を見つめる、真剣な目。
煙が目に染みて、「うわっ」と笑う顔。
そして、重い蓋を持ち上げた瞬間に広がる、真っ白な湯気。
そこにあるのは、
特別な準備をしなくても手に入る、
本物の「手応え」です。
炊きあがったのは、ご飯と「僕がやった!」のドヤ顔

「これ、僕が炊いたごはんだよ!」
そう言って茶碗を差し出すわが子の、
鼻の穴をちょっと膨らませたような、得意げなドヤ顔。
あぁ、
この顔を見るために、新聞紙を準備したんだな。
この子と、つきっきりの15分を過ごしたんだな。
そう思える瞬間、
この不便な道具は、
ただの炊飯アイテムから
「思い出の製造機」に変わります。
この道具が「思い出の製造機」になる瞬間
便利な飯盒なら「パパがやってくれたご飯」になる。
でも、このかまどなら、「わが子が主役」になれる。
その達成感は、
きっとお腹だけでなく、
お子さんの心の奥まで、静かに満たしてくれるはずです。
正しさだけじゃ、生きていけないから
火加減は、毎回同じではありません。
新聞紙の質も、湿気も、風も違う。
だからこの道具は、
ただ手順をなぞるだけではうまくいかないことがあります。
「どうかな?」
「ちょっと弱いかも」
「もう少し、入れてみようか」
正解を押しつけるのではなく、
一緒に迷い、考えて、工夫する。
正しさだけじゃなく、
臨機応変さや応用力を、
自然と使う時間になります。
燃料の葛藤すら、大切な「会話」の種になる

今の時代、新聞紙も牛乳パックも、大切な資源です。
「燃やすのは、もったいないよね」
そんな親の迷いすら、
お子さんにとっては、生きた学びになります。
「いつもはリサイクルするけど、今日は特別。
この紙の力で、お米を炊かせてもらおうね」
そうやって話しながら、
炊きあがったご飯を一緒に食べる。
それだけで、
その日のキャンプは、ちゃんと心に残ります。
「魔法のかまどごはん」がくれるもの
「魔法のかまどごはん」がかけてくれる一番の魔法は、
ご飯を美味しくすることだけではありません。
15分、同じ火を見て、
同じ時間を過ごし、
同じ湯気をのぞき込む。
そんな、少し不便で、
少し手のかかる時間を、
家族の真ん中に連れてきてくれること。
合数やサイズ、使い方の細かい話は、
きっと公式サイトのほうが、ずっと丁寧です。
ここには、
わが家に残った「15分の記憶」だけを書いておきました。

👉 この時間が、川原で“備え”に変わった日の話
詳しいことは、
公式ページで、ゆっくり確かめてみてください。
15分の時間をつくってくれる道具を見てみる👇
この15分は、あとから振り返ると、
「ただのキャンプ」じゃなかったのかもしれません。
ホーム » 便利なはずのキャンプで、あえて「つきっきり」を選ぶ理由|魔法のかまどごはんの15分
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。


