毎日、本当にお疲れ様です。
夕飯の支度中、ランドセルの底からひょっこり出てきた、ピカピカの自由帳。 角ひとつ折れていないその白さを見て、なんだか胸がチクッとしたりしていませんか。
あんなに画用紙が足りなくなるくらい、夢中でペンを走らせていたのに。
最近、ちっともお絵描きしなくなったな。 もしかして、学校で何かあったのかな。
そんなふうに、真っ白なページに理由を探して、そっとため息をついてしまう夜もありますよね。
でも、大丈夫ですよ。 その白さは、お子さんの感性が消えてしまったわけではありません。
むしろ、外の世界で一生懸命に自分を保とうとしている、健気な心の防波堤なのかもしれないんです。

この記事の内容
昨日の「はなまる」が、今日の「バツ」になる教室の理不尽
ある子が、小学校1年生のときに経験したお話です。
その子にとって、自由帳は「解放の象徴」でした。 1年生の時の先生は、算数のプリントが早く終わると「あとは自由帳に好きなものを描いていいよ」と言ってくれた。 だから、その子にとって計算を早く解くことは、自分の大好きな世界へ駆け込むための、誇らしい挑戦だったんです。
ところが、2年生になって担任の先生が変わりました。 いつものようにプリントを終え、ワクワクして自由帳を開いた、その瞬間。
「授業中に、勝手なことしないで!」
クラスのみんなの前で、強い言葉が飛んできました。 昨日まで「頑張った証」として認められていたことが、今日からは理由もわからず「悪いこと」に上書きされてしまった。
先生には先生の、クラスをまとめる正義があったのでしょう。 でも、子どもにとっては、大好きだった表現の場が、自分を傷つける刃に変わってしまった瞬間でした。
あんなに大切だった自由帳は、その日を境に、ランドセルの底でひっそりと息を止めてしまいました。
小学生の毎日は、大人で言えば「8時間連続の重要会議」
今の学校生活は、私たちが子どもの頃よりもずっと、空気を読む力が求められます。 チャイムに追われ、みんなと同じ方向を向き、はみ出さないように神経を研ぎ澄ます。
これ、大人に例えるなら、一歩も外に出られない会議室で、一日中「絶対に失敗できないプレゼン」を続けているようなものです。 家へ帰ってくる頃には、心のリソースはもう、すっからかん。
「さあ、自由に何か描いてごらん」
そう言われても、「もう、そんな余白、どこにも残ってないよ……」というのが、本音じゃないでしょうか。
絵を描かなくなったのは、やる気がなくなったからではありません。 過酷な毎日を生き抜くために、心をごく低燃費モードにして、自分を守っているだけ。
真っ白なノートは、傷つかないための「お布団」なんです。

🔗 「図工が嫌い」は感性の否定じゃない。学校の評価と『表現』を切り離す考え方
学校の図工は「お仕事」。そう割り切るだけで、お家での落書きがまた少し自由になるかもしれません。
「お絵描き大好き時代」と「今」の心の変化
「お絵描き大好き時代」と「今」の心の変化
|
1年生のころ (黄金期) |
今 (お休み期) |
|---|---|
| 絵は「楽しい遊び」 | 絵は「評価される課題」 |
|
描きたいから描く (内発的) |
正解を探して手が止まる (防御) |
| 心の余白がたっぷり |
心のリソースが 学校で空っぽ |
|
自由な表現を 楽しんでいるサイン |
必死に集団生活に 適応しているサイン |
筆を置くことで、自分の「聖域」を守っている
もし今、お子さんの自由帳が真っ白だったとしても、無理に描かせようとしなくて大丈夫。
評価やルールという「冷たい雨」が降っているときは、傘をさして、じっと雨宿りをするのが一番の正解です。
今は、自分の大切な世界を、誰にも荒らされない場所にそっと隠して、熟成させている期間。 無理に引き出そうとすれば、それは表現ではなく「作業」になってしまいます。
家では、何も生み出さなくてもいい。 ただボケーっとテレビを眺めたり、床に転がって天井を見たり。 そんな「何もしない時間」こそが、今の小学生には、どんな栄養剤よりも効く特効薬になります。
評価から一番遠い場所で、心をほどく「道具」たち
自由帳が真っ白なのは、今は「形にするエネルギー」を貯めているから。 そんな時は、作品としての完成を目指さない、ただ感触や色を楽しむ遊びを隣で広げてみませんか。
こねるほどに柔らかくなる寒天粘土。「何を作るか」を考える前に、手のひらでぎゅっとするだけで心が落ち着きます。失敗のない、触覚のごちそうです。
重ねるだけで美しいグラデーションになる蜜蝋クレヨン。具体的な形を描かなくても、色の重なりを眺めるだけでトゲトゲした心が丸くなっていきます。
いっちーのひと言: 蜜蝋クレヨンの魅力は、なんといってもその「透明感」。 下の色を消さずに、重なり合って新しい色を生み出すその姿は、 いろんな経験を重ねて大きくなっていく、お子さんの成長そのもののように見えませんか。
そして、もっと身近な「解放」の場所、お風呂。 「形に残さなくていい、失敗してもすぐ消せる」という究極の自由をくれる魔法の道具もあります。

お米のワックスからできた、お風呂の壁に描けるクレヨン。シャワーで流せば「なかったこと」にできるはかなさが、学校で気を張るお子さんの心をゆるめてくれます。
汚されるのが怖いママは、迷わず蜜蝋を。この子の殻をぶち破りたいママは、迷わずキットパスを。 どちらも、正解を求められる学校生活で、この子が自分を取り戻すための『心のフレンズ』になってくれますよ。
止まった筆は、またいつか動き出す
いつかまた、雨が上がって、お子さんの心に「あ、ここは安全だな」という日差しが差し込んだとき。 止まっていた筆は、また自分だけの物語を紡ぎ始めます。
それは数ヶ月後かもしれないし、大人になってからかもしれません。 感性は枯れるのではなく、地下水のように深く潜って、より豊かになろうとしているだけ。
親ができることは、素晴らしい絵を期待することではなく。
「今日も学校、お疲れ様。よく頑張って帰ってきたね」 と、温かいココアでも淹れてあげること。
真っ白な自由帳は、お子さんが今日を一生懸命生きた証。
その白さを、そのまま丸ごと愛してあげられたら、素敵ですよね。
自由帳の白さは、頑張り屋さんの勲章。
今日は描かなくても その子の感性は 帰り道の夕焼けの中に ちゃんと息づいています。
「はみ出さない」ように 一日を駆け抜けた お子さんの心に、拍手を。
🔗 描かない時期こそ大切にしたい。子どもの『地下水』を枯らさないための、親の心地よい距離感
筆が止まっている間、親にできるのは「描かせること」ではなく、心の地下水を溜めるお手伝いです。
ホーム » 白い自由帳が語る、小さな背中の頑張り。お絵描きを「お休み」した子の心を守る方法
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正解を探すより、
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。






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