火を待つ時間に、名前はついていない
火が起きるのを、ただじっと待つ。
あの、手持ち無沙汰な時間。

新聞紙が思ったより燃えなくて、
少し息を吹きかけてみたり、
でも強すぎて灰が舞ったり。
野菜の形が不揃いで、
なかなか火が通らないもどかしさ。
ひっくり返してみても、まだ固い。
煙がふいに流れてきて、
目にしみて、慌ててこすったあの感じ。
どれも、うまくいっているとは言えない時間です。
効率もよくないし、見た目も決してスマートじゃない。
それでも不思議と、
あとから思い出すのは、
こういう「ままならなさ」だったりします。
待つ時間は、失われていない

便利な道具は、
私たちの代わりに「作業」を完璧にこなしてくれます。
火加減は自動で調整され、
タイマーが鳴り、
失敗する余地は、ほとんど残されていません。
それはとても助かるし、
安心でもあります。
けれど、すべてが滞りなく進む時間は、
あとから振り返ると、
意外と輪郭がぼやけていることがあります。
「待つ」という時間がないからかもしれません。
どう転ぶかわからない、
手応えのない時間が、最初から切り落とされているから。
待つ時間は、
何も起きていない時間ではありません。
音や匂い、
空気の変化や、
次にどうなるかわからない感じ。
そうしたものを、
人は無意識に、身体ごと受け取っています。
記憶に残るのは、「完璧」よりも「隙間」
大人になって思い出すのは、
完璧に焼けた料理よりも、
火力が安定せず、
少し焦げたあの日の食べ物だったりします。

うまくいかなかったこと。
やり直したこと。
笑ってごまかしたこと。
そこには、
「こうすれば正解」という答えよりも、
その場に流れていた空気が残っています。
便利さは、
暮らしを確実に楽にしてくれました。
その一方で、
予定調和ではない時間が入り込む余地を、
そっと狭めてきたのかもしれません。
何も起きない時間が、あとから効いてくる
何かを成し遂げたわけでもなく、
特別なイベントがあったわけでもない。

ただ、
火を待ち、
煙に顔をしかめ、
思ったより時間がかかった。
それだけの時間が、
ふとした瞬間に思い出されることがあります。
あのとき、寒かったな、とか。
あの匂い、嫌いじゃなかったな、とか。
名前もついていない、
評価もされない、
少し不便な時間。
でもたしかに、
そこに「生きた感じ」は残っている。
便利さの外側にこぼれ落ちた、
そんな時間の価値を、
私たちは案外、忘れきれていないのかもしれません。
詳しいことは、
公式ページで、ゆっくり確かめてみてください。
失敗できる場所をつくってくれる道具を見てみる👇
※この時間が、別の日には「子どもの出番」につながっていました。
→ 便利すぎるキャンプで、手持ち無沙汰になった夜の話
ホーム » 何も起きない時間が、あとから効いてくる|火を待つ15分の話
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。


