こんにちは、ITTIです。
今日も一日、本当にお疲れ様です。
ふと時計を見ると、もうこんな時間。
「今日も一日、わが子の安全を守り抜いた」……それだけで、あなたは100点満点。
まずは自分をぎゅっと抱きしめてあげてくださいね。
さて、今この記事を開いてくださっているということは、お子さんの「言葉」について、少し……いえ、かなり気をもんでいらっしゃるのかもしれません。
「2歳になったのに、まだ単語がいくつか出るだけ」
「公園で会った同じ月齢の子は、もう二語文でおしゃべりしていた……」
「こちらの言うことは分かっているみたいだけど、自分からは話そうとしない」

SNSを開けばキラキラした成長記録が目に入り、1歳半健診や2歳児歯科検診で周りの子と比べては、「うちの子、遅いのかも?」と胸がざわざわする。 そんな時、スマホで「2歳 言葉 遅い」「二語文 いつから」と検索せずにはいられませんよね。
でも、最初にこれだけは、心を込めて伝えさせてください。 ネットで検索して、解決策を探そうとしている時点で、あなたはもう十分すぎるほどお子さんのことを想い、頑張っている素晴らしい親御さんです。
言葉の悩みも、2歳の成長過程で多くのママが感じやすい不安の一つです。
▶ 2歳の育児あるあると成長サポートをまとめた記事はこちら
言葉が出ないのは、あなたの関わりが足りないからではありません。 今日は、元教諭の視点も交えながら、2歳の「言葉の貯金箱」の話をしてみたいと思います。読み終わる頃には、少しだけ肩の力が抜けて、目の前のお子さんの「声にならない声」が愛おしく感じられるようになりますよ。
この記事の内容
周りと比べて不安になる瞬間
子育てをしていると、どうしても「平均」や「目安」という数字に振り回されてしまうことがあります。特に2歳という時期は、発達の個人差がもっとも顕著に現れる時期。だからこそ、不安の種はどこにでも落ちているんですよね。

保育園や公園で他の子の発語が耳に入る
登園した時に、他の子が先生に「せんせい、おはよ。今日、バスきた!」なんて話しているのを聞くと、ドキンとしてしまう。「えっ、もうあんなに喋るの?」と。 わが子はまだ「あー!」「うー!」と指を差すだけ。その差が、まるで自分の子育ての通知表のように感じられてしまう瞬間があります。
健診の待合室での会話
「もうお名前言えるんですか?」「うちはまだ全然で……」 何気ないママ友との会話が、今のあなたには少しだけ重荷になっているかもしれません。 「大丈夫だよ」という言葉さえ、どこか気休めに聞こえてしまって、孤独を感じることもあるでしょう。
ネットや育児書の「〇歳で〇語」
「2歳なら語彙は200語」「二語文が出る時期」 そんな指標を見るたびに、心の中でわが子の単語を数えては、ため息をついてしまう。 でも、安心してください。不安になるのは、あなたが「比べたがり」だからではなく、それだけ真剣にわが子の未来を考え、愛情を注いでいるからなんです。
2歳の言葉の発達の幅:心の中の「貯金箱」
2歳の言葉の発達は、よく「コップに溜まる水」や「貯金箱」に例えられます。

個人差が大きい理由
言葉は、脳の発達、口の筋肉の動き、そして「伝えたい!」という感情、さらには「ここは安心できる場所だ」という心の安定、これらがすべて複雑に絡み合って出てくるものです。 身体の発達(歩く・走る)に比べて、言葉は「目に見えない部分」の準備期間がとても長いのが特徴です。
同じ2歳でも、
- 溢れるように単語が出てくる子
- 二語文(ママ、いた!など)で世界を広げている子
- 一言もしゃべらないけれど、大人の指示を完璧に理解している子
これらはすべて、2歳児の「普通」の範囲内なんです。「早い・遅い」という定規で測るのではなく、「今はどの段階の準備をしているのかな?」という視点を持ってみませんか。
言葉にできなくても、頭の中ではしっかり考えていることも多いです。
▶ イヤイヤが抜けるサインって?
言葉以前に育っている「伝える力」
私が一番大切だと思うのは、「声として出ていない言葉」です。 もし、お子さんが以下のような様子を見せているなら、言葉の貯金は着実に貯まっています。

- 指差しで「あれ見て!」と教えてくれる
- 大人の目を見て、表情で感情を伝えてくる
- 「靴下持ってきて」と言うと、ちゃんと持ってくる
- ぬいぐるみにご飯を食べさせるような「ごっこ遊び」の真似をする
これらはすべて、言葉を話すための「土台」です。
家を建てる時に、まず基礎工事が必要なように、今はお子さんの中で、見えない基礎をしっかり固めている時期。 たとえ声が出ていなくても、「伝えようとしている力」は、今この瞬間もぐんぐん育っています。
行動で伝えようとする姿も、大切なコミュニケーションです。
▶ 2歳のごっこ遊びに見られる、考える力の育ちはこちら
家庭でできる、やさしい関わり
「何かしてあげられることはないかな?」と思うあなたへ。特別な教材や訓練は必要ありません。今日からできる、一番のサポートは「楽しさの共有」です。

話しかけ方のコツ:実況中継をしてみる
子どもに「これ、なーんだ?」「言ってごらん」とクイズを出さなくて大丈夫。 それよりも、お子さんが見ているもの、感じていることを、ママやパパが「実況中継」してあげてください。
- 「わあ、赤いブーブー、いたね」
- 「ワンワン、ねんねしてるね。静かだね」
- 「お腹空いたね。パン、おいしいね」
子どもの行動+気持ちを、そのまま言葉にしてあげる。 これを繰り返すことで、お子さんの中に「自分の感じていることには、こんな名前(言葉)があるんだ!」という発見が積み重なっていきます。
「言わせる」より「聞いてもらえた体験」
「『マンマ』って言ってごらん?」と促すと、子どもにとってはそれが「お勉強」や「テスト」のように感じられて、口を閉ざしてしまうことがあります。 言葉を教え込もうとするのではなく、お子さんの小さな発信(指差しや声)に対して、「そうだね!」「わかったよ!」と全力で応えてあげる。 「自分の言葉(意思)は、大好きな人に届くんだ!」という喜びこそが、言葉を引き出す一番のエネルギーになります。
特別な練習をしなくても、遊びの中で言葉が育つことも多いです。
▶ 2歳の言葉を引き出しやすい遊び方をまとめた記事はこちら
言葉がなくても、やりとりはできている
言葉が出なくても、
同じページを見て、同じ動きをまねするだけで、
やりとりは自然と生まれていきます。
この絵本は、
読むことよりも、
一緒に「まぜる」動きを楽しむつくり。
声に出さなくても、
うなずくだけでも、
手を動かすだけでも大丈夫。
伝えようとする気持ちは、
ちゃんとそこにあります。
心配になりすぎなくていい理由
元教諭として多くのお子さんを見てきましたが、2歳でほとんど話さなかった子が、3歳を過ぎたあたりから突然ダムが決壊したように喋りだすケースを何度も見てきました。

これは「言語の爆発期」と呼ばれるものですが、その爆発がいつ来るかは、お子さん一人ひとりの設計図によって違います。
今は「話す準備期間」が、他の子よりちょっぴり長いだけ。 その長い準備期間の間に、お子さんはあなたの声をたくさん聞き、あなたの温もりを感じ、豊かな心の根っこを伸ばしています。 今、話せていなくても、大丈夫な時期は確かにあります。
もし、どうしても不安が消えない時は、一人で抱え込まずに専門機関や自治体の相談窓口を利用するのも一つの手です。それは「異常を探すため」ではなく、「あなたが安心して育児をするための味方を増やすため」。ママやパパが笑顔でいることが、お子さんにとっては一番の「言葉の栄養」になるからです。
頑張りすぎているママ・パパへ
「うちの子、大丈夫かな」と夜な夜な検索してしまうのは、あなたがそれだけお子さんの未来を大切に想っている証拠。その不安の正体は、深い深い愛情です。
周りの子と比べて自分を責めないでくださいね。 お子さんは、あなたという世界で一番の理解者のそばで、自分のペースで、一歩一歩進んでいます。 言葉がなくても、ぎゅっと抱きしめ合った時の温かさや、目が合った時の微笑み。そこには、どんな語彙よりも豊かな「会話」がすでに存在しています。
今日も、十分頑張りました。 お子さんの貯金箱に、言葉のコインがチャリンと入る音を楽しみに待ちながら、今夜はゆっくり休んでくださいね。
言葉が少ない時期でも、一緒に過ごす時間そのものが支えになることもあります。
▶ 2歳の今の気持ちに寄り添える絵本を紹介しています

あわせて読みたい
2歳の「全部イヤ!!」に心が折れそうなあなたへ|感情と言葉のつながり
次のステップにどうぞ: 今日はお子さんと目が合った時に、言葉じゃなくて「にこっ」と1秒長く微笑んでみませんか?それだけで、お子さんの「伝えたい!」という心に、あたたかい光が灯りますよ。
ホーム » 2歳の言葉が遅い気がする…二語文が出なくても大丈夫?不安なママ・パパへ
この記事が「いいな」と思ったら、noteのフォローやYouTubeのチェックもお願いします!がぜんやる気になります!
正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
このブログはPRを含みます
いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。


