こんにちは、ITTI-BLOG編集部のいっちーです。
今日も一日、本当にお疲れさまです。
今日は学校給食のお話です。
「食べられないなら、最初に減らしていいよ」
今の学校では、そんなふうに先生が声をかけてくれるのが一般的になっていますよね。掃除の時間まで残って牛乳を飲んでいた私の小学生時代とは違って、ずいぶん優しく、子どもの意思を尊重してくれるようになったな、と感じます。
でも……。その「食べられないなら減らしていいよ」という優しいはずのルールが、繊細な子にとっては、ときどき「逃げ場のないプレッシャー」に変わってしまうことがあるんです。
今日は、大人の配慮の「その先」で、子どもたちが何に傷つき、何に耐えているのか。その心の機微を一緒に見つめていきましょう。
この記事の内容
「減らしていいよ」が、新たなハードルになるとき
先生が「食べられないなら減らしなさい」と言ってくれる。
それはとてもありがたい配慮です。でも、いざ配膳の時間になると、お子さんの足はすくんでしまうかもしれません。
「本当はもっと減らしてほしいけど、先生の顔を見るとこれ以上は言えない……」
「減らしたお皿を見た友達に、何か言われたらどうしよう」
先生は「無理しなくていい」と言ってくれているのに、わが子がちっとも楽そうに見えない。
そんなとき、親御さんは「せっかく配慮してもらっているのに、これ以上どうすればいいの?」と、途方に暮れてしまいますよね。
でも、知っておいてほしいのです。お子さんが困っているのは「食べ物」そのものだけでなく、「減らす」という行為に伴う「周囲の視線」や「自己評価」なのかもしれません。
給食で困る子の“しんどさ”とは?背景にある「言葉にできない葛藤」
「減らしていい」というルールがあるからこそ、真面目な子や優しい子ほど、心の中で複雑なパズルを解くような苦しさを抱えています。
□ 1)「先生の期待」と「自分の限界」の板挟み
先生が「食べられないなら減らしなさい」と言ってくれた。だからこそ、子どもはこう考えます。 「先生は、一度減らしてあげたんだから、これなら食べられるよね?って思ってるはず」
すると、本当はまだ怖くて食べられない量であっても、先生の忙しそうな様子や期待を感じ取って、「もっと減らして」の二言目が飲み込めなくなってしまうのです。先生の優しさに、自分の「頑張り」で応えようとして、結局自分を追い詰めてしまう。 そんな切ない構図があります。
□ 2)友達からの無邪気な「すくなっ!」
減らす、ということは、みんなとは違う「少ない量」が目に見える形でお皿に残るということです。
「え、それだけ? すくなっ!」 「ずるいー、僕もそれくらいがいいな」
友達に悪気はないのかもしれません。でも、食べられないことに引け目を感じている子にとって、その言葉は鋭い矢のように胸に刺さります。「少ないこと」を指摘されるたびに、「自分はみんなと同じことができないダメな子なんだ」と、自尊心がポロポロと削られてしまうのです。
□ 3)たったひとつの「異物」が、すべてを止める
「一口だけでもお皿に乗せておきなさい」という指導もよくあります。でも、感覚が鋭い子にとっては、苦手なものがたった一つお皿にあるだけで、その空間は「汚染」されたように感じてしまいます。
- 匂いが移る、汁がつく: それだけで、他のおかずまで「食べられないもの」に変わってしまう。
- 視界にある恐怖: 目の前に苦手なものがあるだけで、脳が「危険!」と信号を出し、食欲というスイッチが完全に切れてしまうのです。
親が感じる違和感の正体:行動は「心の出し方」
学校から帰ってきて、ひどく疲れていたり、夕飯のときに「学校の給食、嫌だった」とポツリと言ったり。その背景にあるのは、単なる好き嫌いではありません。
子どもの内面で起きていること
子どもたちは、給食の45分間、こんな心理戦を戦っています。
「先生に『もっと減らして』って言ったら、怒られるかな……」
「友達に少ないって言われませんように。早く隠して食べなきゃ」
「減らしてもらったのに残しちゃった。私はなんてダメなんだろう」
給食の時間は、栄養を摂る時間ではなく、「どうやってこの場を、自分を否定せずにやり過ごすか」という、過酷なサバイバルの時間になっているのです。
安心につながる関わり方:今日からできる「心の余白」づくり
家庭でできるのは、「食べられるようにする練習」ではありません。「学校で張り詰めた心を、ゆるめてあげること」です。
① 「言えなかった言葉」を拾い上げる
「もっと減らしてほしかったけど、先生に悪いなーって思っちゃったんだよね」
「お友達に『少ない』って言われるの、ドキッとするよね」と、お子さんの心の声を代弁してあげてください。
「ママは、私が言えなかった苦しさを知ってくれている」という感覚が、何よりの救いになります。
② 「減らしていい」の先にある「残していい」の許可
「減らしていいよ」と言われても、それでも残してしまう日はあります。そんなときは、家で「あー、今日は心が『これ以上は無理だよ』って教えてくれたんだね。自分の限界がわかって偉かったね」と、「残せたこと(自分の心を守れたこと)」を肯定してあげてください。
学校・先生との連携のコツ:一歩踏み込んだ「環境調整」を
先生に相談するときは、「食べられない」ことよりも「本人が心理的に追い詰められている」という実態を伝えてみましょう。
- 「もっと」が言えない特性を伝える: 「一度減らしてもらうと、先生に申し訳なくて、それ以上の調整を自分から言い出せないようです」
- 最初から「安心できる量」に: 「本人の申告制にするのではなく、配膳の段階で、あらかじめ本人が『これなら絶対大丈夫』と思える量(例えば一口分だけ、など)を盛っていただけないでしょうか」
- 「視界から消す」配慮: 「苦手なものがお皿にあるだけで他も食べられなくなるため、食べないものは最初からお皿に乗せない、という対応は可能でしょうか」
先生も「良かれと思って」今の指導をしています。「言えない子もいる」「視覚的な刺激で動けなくなる子もいる」という情報を共有することで、先生も新しい対応の引き出しを持つことができます。
日常観察ワーク:お子さんの“心の消耗度”を見える化
今日、お子さんが帰ってきたら、食べる量ではなく「表情や雰囲気」をそっと観察してみてください。
[ ] 苦手なものがお皿にあるとき、他のおかずも進まなかった?
[ ] 帰宅後、給食の話をすると、すぐに別の話題に変えようとする?
もしチェックがつくなら、それは「減らしていいよ」という今のルールだけでは、お子さんの心を守りきれていないというサインです。
安心のまとめと次の一歩
給食の時間は、本来は楽しいものであるべきです。 でも、もし今、お子さんにとってそこが「耐える場」になっているのなら、無理に完食や完食に近い努力を求める必要はありません。
親であるあなたが、「先生の顔色を伺わなくていいんだよ」「友達の言葉は、あなたの価値とは関係ないよ」と言い続けてあげること。 そして、学校に対して「本人が本当に安心できる形」を一緒に探してもらうこと。
その積み重ねが、いつかお子さんが自分の「ちょうどいい」を堂と言えるようになるための、大切な土台になります。
「食べられないなら減らしていい」
その言葉がプレッシャーになるくらい あなたは優しくて、一生懸命なんだね。
まずは今日、学校を一日生き抜いて帰ってきたお子さんに、「おかえり。今日も頑張ったね」と、リラックスできる時間をプレゼントしてあげてください。
次へのヒント: 「じゃあ、先生にどう伝えれば『わがまま』だと思われずに、具体的に配慮してもらえるの?」という連絡帳の書き方の例など、次回はもっと踏み込んでお話しできればと思います。またいつでも、ここへ立ち寄ってくださいね。
🟢給食だけじゃない。こんな悩みにも寄り添っています
- 小1がよく言われる“そのひと言”が心に残ってるかも?
- 登校しぶり、どう対応する?親ができること
- 小1のうちに知っておきたい「生活と心の壁」
- 給食で1年生が困るあれこれ|ジャムの袋が開けられない
- 反抗期きた!?と思ったら…小1の“言い返し”は愛だった件。
ホーム » 「食べられないなら減らしていい」なのに苦しい|給食で心をすり減らす子どもの本音
この記事が「いいな」と思ったら、noteのフォローやYouTubeのチェックもお願いします!がぜんやる気になります!
正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
このブログはPRを含みます
いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。







