防災モードを脱いで、川遊びに連れ出してみた
わが家の夏の定番、川遊び。
いつもはカセットコンロと鉄板を持って、プチ焼肉をしながら、家から持ってきたおにぎりを頬張るのが恒例でした。
自然の中で食べるごはんは、それだけで何倍もおいしいけれど。

「これ、川に持っていったら面白いかも」
ふと思いついて、防災リュックの横から「かまどごはん」を引っ張り出しました。
火を使ってもいい場所かを確認して、石がゴロゴロした河原に置く。
カセットコンロも便利だけれど、自分たちで新聞紙を丸めて、火を熾して、お米が踊る音を聴く。
その工程そのものが、子どもたちにとっては
「魚のつかみ取り」や「芋掘り」と同じくらい、夢中になれるアトラクションになりました。
「経験」という、目に見えない最強の備蓄
「かまどごはん」は、火がこの中で完結しているから、
周りに迷惑をかけにくいのも、親としては嬉しいポイントです。
炊き立ての湯気の向こうで、
子どもたちが焼きたてのお肉を待ち構えている。
その平和な光景を見ながら、
「あ、これだ」と気づきました。
非常時に本当に必要なのは、
ハイスペックな道具を使いこなす知識ではなく、
「やったことがある」という揺るぎない経験なのかな、と。
魚を捕まえた手の感触。
稲穂の匂い。
そして、新聞紙でごはんを炊いた記憶。
一度でも「できた!」という手応えを味わった子は、
もしもの暗闇の中でも、きっと火を怖がらずに寄り添える。
親もまた、
「あの川遊びの時みたいにやれば大丈夫」と、
自分を信じることができる。
正しさや手順よりも、「待つ」「迷う」時間そのものが、
子どもの記憶に残る理由については、こちらの記事でも書いています。
結び|日常の「おいしい」が、いつか自分を助ける
防災じゃない顔をした、防災の道具を見る👇
電気やガスが止まっても新聞紙でごはんが炊ける。「魔法のかまどごはん」※防災用として買いましたが、
いちばん使っているのは、こんな何でもない日です。
特別な訓練はいりません。
「届いたらすぐやりたいw」という好奇心のままに、
庭で、あるいは大好きな川原で、キャンプで。
「おいしいね」と笑い合いながら使った回数だけ、
それは本物の「備え」に変わっていきます。
防災のことを考えていたはずなのに、
ただ「おいしいね」と笑っていた時間だけが、
いちばんはっきり記憶に残りました。

楽しかった記憶の中に、あとから「そういえば…」と残るもの。
そんな防災の考え方を、こちらでまとめています。
→ 防災じゃない顔をした、防災|親記事はこちら
ホーム » 防災のつもりで買った道具を、川遊びに持っていった日
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。


