こんにちは、ITTI-BLOG(いっちー)です。
「ママ、ママ、ママ! どこにも行かないで!」
「パパじゃなくて、絶対ママがいいの!」
3歳になって言葉も増え、少しずつ自分のことができるようになってきたはずなのに、なぜか以前よりも「ママべったり」が激しくなっていませんか?
トイレにまでついてくる、お風呂も寝かしつけもママ指名。
パパが良かれと思って手伝おうとすると「ママがいいの!」と大号泣。
世間では「愛されている証拠だよ」「今だけだよ」なんて言われるけれど、24時間休まる暇がない当事者にしてみれば、その言葉さえ重荷に感じてしまうことがありますよね。
「可愛いけれど、正直しんどい」
「一人になりたいと思ってしまう自分は冷たいのかな」と、夜に一人でため息をついているママ、本当に毎日お疲れ様です。
今日は、3歳児が急に「ママじゃないとダメ」になる本当の理由と、ママ自身が壊れないための心の持ち方についてどこよりもやさしく、寄り添いながらお話ししていきます。
この記事の内容
第1章|3歳で急に「ママじゃないとダメ」が強くなるあるある
3歳の「ママ指名制」は、2歳の頃の「後追い」とは少し質が違います。より意志がはっきりしていて、逃げ場がないような感覚に陥ることが多いんです。
- パパ拒否: パパが「お着替え手伝うよ」と言っただけで「あっち行って!」と激怒。パパはショックを受け、ママには負担が集中する最悪のパターン。
- 園とのギャップ: 幼稚園や保育園では「お友だちに優しく、何でも自分でできますよ」なんて先生に言われるのに、家に帰った瞬間、赤ちゃんのようにママに吸い付いて離れない。
- トイレ・お風呂の同行: 1分でもママが視界から消えると「どこ行くの!」とパニック。ゆっくり用を足すことすらできない。
- 夜中のママ確認: 寝ている間も、無意識にママの手を探し、いないとすぐに飛び起きて泣き出す。

「もう赤ちゃんじゃないのに、どうして?」と、出口のないトンネルにいるような気持ちになりますよね。でも、この行動には3歳児なりの、とっても切実な理由があるんです。
第2章|なぜ3歳で「ママじゃないとダメ」が起きやすいの?
実は、3歳という年齢は、人生の中でも指折りの「心の揺れ」を経験する時期なんです。
① 愛着の「再確認期」
赤ちゃんから幼児へと脱皮する3歳頃、子どもたちは「ママとの絆」をもう一度、自分の言葉と意識で確かめようとします。 「私がわがままを言っても、ママは大好きでいてくれる?」「困ったとき、本当に助けてくれる?」 そんな「愛の答え合わせ」を、ベッタリ甘えることで何度も繰り返しているのです。
② 自立と依存が同時に進む年齢
3歳は、できることが増えて「世界を広げたい!」という自立心が芽生える時期です。しかし、外の世界に飛び出そうとすればするほど、実は心の中では「失敗したらどうしよう」という不安も大きくなります。 「一歩外へ踏み出すために、まずは安全基地であるママをガッチリ確保しておきたい」。 この自立と依存のバランスを保とうとする揺れが、激しいベッタリ行動として現れるんですね。

第3章|下の子誕生・園生活と強くリンクする理由
もし、環境に変化があったのなら、その「ママじゃないとダメ」はさらに切実なメッセージかもしれません。
下の子がいる場合
3歳は言葉が達者な分、親側も「もうお兄ちゃん(お姉ちゃん)だからわかるよね」と期待してしまいがちです。 でも、本人にしてみれば、新入り(赤ちゃん)に大好きなママを独占されているという恐怖感は相当なもの。「赤ちゃんみたいに甘えれば、ママを自分の方に向けられるかも」という、無意識の生存本能が働いていることも多いのです。
園生活が始まった・変化した場合
集団生活の中で、3歳児は想像以上に神経を使い、頑張っています。 「順番を守らなきゃ」「先生のお話を聞かなきゃ」。外でパンパンに張り詰めた心の風船が、家に帰ってママの顔を見た瞬間に、シュルシュルと萎んでいく。 「ママじゃないとダメ」は、外で100点満点の頑張りを見せている証拠でもあるんですよ。
甘えが強くなる背景には、3歳ごろの赤ちゃん返りが関係していることもあります
第4章|親がいちばん苦しくなるポイント
ここで、ママの心についても触れさせてください。 「ママがいい」と言われるのは、本来幸せなはず。なのに、なぜこんなに苦しいのでしょうか。
それは、あなたが「逃げ場のないプレッシャー」の中にいるからです。 自分の意志で座る場所も、食べるタイミングも決められない。24時間、誰かの感情に振り回される。これは、どんなに忍耐強い人でも、心が悲鳴を上げて当然の状況です。

「イライラして突き放してしまった」
「可愛いはずなのに、うるさいと思ってしまった」
そんな自分に罪悪感を抱く必要はありません。あなたが苦しいのは、愛情が足りないからではなく、あなたのキャパシティを使い果たすほど、一生懸命に応えようとしているからなんです。
第5章|よくある誤解と、やらなくていいこと
不安になると、つい「今のうちに直さなきゃ」と思いがちですが、以下の心配はしなくて大丈夫です。
- 誤解①「甘やかしすぎたから、自立しないのでは?」 → 逆です。今、存分に甘えさせてあげることで、心に「安心の貯金」が溜まり、結果として自立が早まります。
- 誤解②「心を鬼にして突き放すべき?」 → 不安でしがみついている子を無理に引き離すと、不安はさらに強化され、ベッタリが長期化しやすくなります。
- 誤解③「私の対応が悪いから、パパになつかないのでは?」 → パパ拒否は、ママとの絆を再確認している時期特有の現象。パパのせいでも、ママのせいでもありません。
第6章|「ママじゃないとダメ」とうまく付き合う関わり方
現実的に、どうやってこの時期を乗り切ればいいのか。少しでもママの肩の荷を下ろすためのコツをお伝えします。
① ママがいなくなる不安を減らす
「すぐ戻るからね」と言って、こっそり消えるのは逆効果です。 「トイレに行ってくるね。10数えたら出てくるよ」と、具体的な見通しを伝えます。そして戻ってきた時に「待っててくれてありがとう! 戻ってきたよ!」と大げさに再会を喜ぶ。これを繰り返すことで、「ママは必ず戻ってくる」という信頼感が育ちます。
② パパを「ママの代わり」にしない
パパが「ママの代わりに寝かしつけするよ」と言うと、子どもは「ママを奪われた」と感じることがあります。 「パパはパパの楽しい遊びをしよう」と、パパ独自の特別な楽しみ(ダイナミックな遊びなど)を提案してもらうのが近道です。

③ ママ自身の限界を言葉にしていい
「ママ、今ちょっとお耳が疲れちゃったから、少しだけ静かにしてくれると嬉しいな」
「ママ、今は抱っこできないけれど、お隣でお手ては繋げるよ」
100%応えるのではなく、今の自分にできる「代替案」を提示する。 これも、大切なコミュニケーションです。子どもは完璧なママではなく、人間らしいママの姿を見て育ちます。
第7章|それでも限界な日に、親へ伝えたいこと
どうしても優しくなれない、子どもと離れたくてたまらない。 そんな日は、無理に笑おうとしなくていいんです。
「ママじゃないとダメ」と言われる日々は、永遠には続きません。数年後、子どもは友達の世界へ、自分の興味の世界へと、親の手を振り払って進んでいきます。 その時が来るまで、「今の私は、この子の世界で一番大切な、唯一無二の存在なんだな」と、少しだけ誇らしく思ってみてください。
もちろん、今すぐその誇りを感じられなくてもいい。 今日一日、なんとか生かして、夜を迎えた。それだけで、あなたは最高に素晴らしいお母さんです。
まとめ|3歳の「ママじゃないとダメ」は、成長の途中経過
3歳のベッタリ期は、自立という大きな海へ漕ぎ出す前の、最後の給油のような時間です。 子どもは今、あなたの愛情というガソリンを、一生懸命に心に溜めている最中。
今は重くて、暑苦しくて、逃げ出したくなるかもしれません。 でも、その重みは、子どもがあなたを心から信頼し、自分のすべてを預けているという「命の重み」そのものです。

「今のあなたと、今の子どもで、ちゃんと大丈夫。」
たまにはパパや周囲に「もう限界!」と叫んで、自分を甘やかす時間を作ってくださいね。
次の一歩として:
ベッタリが激しすぎて、つい怒鳴ってしまう……と悩んでいる方は、こちらの記事も読んでみてください。
👉 [関連記事:3歳の癇癪が激しくなる理由と、親が壊れないための向き合い方]
「なぜこんなに激しいの?」という背景を知るだけで、イライラのトゲが少し丸くなるかもしれませんよ。
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正解を探すより、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まる時間を。
※唯一の正解はありません。その子に合うかどうかを、一緒に考えませんか。
\ 答えのない、子育ての迷いの中にいるあなたへ /
ブログでは「教育のヒント」を書いていますが、
実は私自身、毎日が迷いと後悔の連続です。
教科書通りの正解に傷ついたとき、
「この子の場合はどうだろう?」と立ち止まって、
静かに自分と向き合える場所をnoteに作りました。
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いっちー
元教諭(15年+)&プロカメラマン。
わが子の発達グレーやきょうだい児の葛藤に、涙でティッシュの山を築きながら向き合っている現役の母です。
教育の現場を知っているからこそ、外側から「正解」を押しつけられることの息苦しさや、もどかしさを感じてきました。
キラキラした正解の中で、無理をして生きるのはしんどいですよね。
「こうすべき」の前に、「この子の場合はどうだろう?」と、一緒に立ち止まれる場所でありたいと思っています。
子どもの絵に宿るサインや、言葉にならない心の機微をそっと眺めて。
今日をなんとかやり過ごすための「余白」を、一緒に見つけにいきませんか。







